(今回の記事は,憲法を学ぶ方にとっても有意義かと思います。)
「一票の格差問題」という概念があります。 これは主に選挙において,選挙区割りの関係で人口に不均衡が出てしまい,本来平等であるはずのひとり1票がかえって不平等な結果になってしまう問題のことです。
「ふ~ん…。 でもそれって,法律を学習したりする人や,選挙にちゃんと行く人にしか関係ないよね?(私,選挙行かないし)」と思った方もいるかもしれません。 しかし,この「一票の格差問題」という概念を知らないと,多数決において正しい判断ができない可能性があります。
今回は(筆者が経験した)事例をもとに解説していきます。
事例 ~Case Study~
以前私がいた会社では社長の方針で「社員旅行の行き先は,事業所ごとに,みんなで行きたいところを行き先として決める」という方針でした。
このとき,この行き先決定の取りまとめを立候補したAさんが行うこととなり,話し合い&多数決により,以下のような結果となりました。
【投票結果 投票者 10名】
- 1位 無人島脱出体験ツアー 9票
- 2位 お寺修行体験 1票
これにより無人島脱出体験ツアーになるはずだったのですが,Aさんが予約しようとしたところ予約がいっぱいで無人島脱出ツアーの旅程を確保できなかったのです。
さて,予約に空きがないのは仕方ありません。 もしみなさんがAさんの立場なら,どのように対応しますでしょうか? 私なら,もう一度みんなを招集して相談を行います。(多くの方がそうするのではないでしょうか?)
しかしながら,Aさんは誰にも相談することなく,お寺修行体験を繰り上げ,予約し,社長への報告を済ませて確定してしまったのです。
その後Aさんは「かくかくしかじかで,平等に2位案を繰り上げておきました。」という報告をみんなにします。
これにはみんなのAさんへの不満が大爆発。 Aさんも「人に任せたなら文句を言うな」と大爆発…。 せっかく社員旅行という前向きなイベントが禍根を残してしまいました…。
さて,Aさんとしては『平等に』繰り上げ対応をしたのだから,本人としては正しい対応をした認識でいたはずです。 しかし結果として,みんなに不満を抱かせてしまっています。 平等なのになぜでしょうか?
これを紐解くのに「一票の格差問題」が活きてきます。
Aさんの対応には非常に大きな問題がある
一見,多数決の結果,最多票案が外的要因によって採用不可能になったのなら,次点の候補を繰り上げるのは理にかなっていると思われます。 現にAさんも2位を繰り上げることを「平等に」と表現しています。
しかしながら,一票の格差問題を知っていると,この対応には非常に大きな問題があることがわかります。
それは,「1位に投票した人の1票の価値が実質的にゼロになってしまっている」問題です。
今回のケース,10人の多数決で,ひとり1票を持っていますので,全体への影響力としては各人が10%ずつ持っており,多数決を行う前提においては平等で間違いありません。 では,ここで9票投票された1位を無効にして,1票獲得の2位を繰り上げるとどうなるか考えてみましょう。
1位に投票した9名のそれぞれの票は一切なかったものとして扱われますので,影響力は0%となります。 つまり,9名の1票は全く価値がなく,株主総会であれば「議決権無し」,国民投票であれば「選挙権無し」と同じ状況になるのです。
対して,2位に投票した1名はどうかというと,実質的にこの2位に投票した者が「自分ひとりで決めた」のと同じに評価できる状況となっています。 つまり,たった1名の決定ですべてが決まってしまっており,たった1名の影響力が100%になってしまっているのです。
9名の1票は影響力0%,対してたった1名の1票は影響力100%…これは全くもって平等とは言えません。 Aさんは平等のつもりでやったことが,全くの逆の不平等を創り出してしまっていたのです。
この1票の格差が大きくなった(0% vs 100%になった)ことで,9名は民意が反映されなかったので不満が爆発してしまったのですね。
どうすればよかったのか?
今回のケースでは,予約できなかったことはAさんに非がないのですから,Aさんは事情を説明してもう一度全員を招集して投票をし直せばよかったのです。 そうすれば,再投票において1票の価値は平等であるし,残りの選択肢からでも民意を反映できたのです。
今回のケース,Aさんは自分としては「自分の判断は平等で正しい」と考えて行っていることですので,難しいケースですよね…。 同じような状況が発生したとき,1票の格差が発生していないか?の観点から,解決に導けたケースが増えたら嬉しく思います。